2015年度東京大学(理系)第6問

𝒏を正の整数とする。以下の問いに答えよ。
  • 関数𝒈(𝒙)を次のように定める。

    math

    𝒇(𝐱)を連続な関数とし、𝒑𝒒を実数とする。

    math

    をみたす𝒙に対して𝒑≦𝒇(𝒙)≦𝒒が成り立つとき、次の不等式を示せ。

    math
  • 関数𝒉(𝒙)を次のように定める。

    math

    このとき、次の極限を求めよ。

    math



音楽家が曲の楽譜だけを見て、その曲のメロディ延いては楽風まで想像できるが如く、 受験生も関数の式だけを見て、その関数のグラフの形が想像できるようになれば一人前である。

さて冒頭の関数

math

が如何にして作られたのかを考察してみよう。

よく知られているように余弦関数の値域は狭い:

math

正負の値を周期的に振動する関数である。これに1を加えると値域は正の範囲に収まる:

math

最大値2と云うのが美しくないので半分の1にしよう(このような作業を「正規化」と呼ぶ):

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今度は𝒙軸方向について、考えてみると

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が周期を与える区間となっているのでこれも縮小して正規化したい。すなわち𝒙軸方向にπ分の1倍拡大(実際には縮小)しよう:

math

この関数は横方向−1≦𝒙≦1の範囲で縦方向0≦𝒚≦1にスッポリと収まる綺麗な関数となる。また|𝒙|=1のところでは丁度0になっているので、|𝒙|>10と定義すれば連続的に繋げることができる。

math

従って題意の関数𝒚=𝒈(𝒙)のグラフは次のような形をしている:

math

ちなみにこの関数の積分値(𝒙軸と囲む部分の面積)もピッタリ1と正規化されているのことも注意したい。

以上が問題に取り組む前の事前考察である。それではいよいよ問題の積分を見てみよう:

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正体不明の𝒇(𝒙)を含んでいるので、まともに積分しようとしてはいけない。

せっかく作った𝒈(𝒙)𝒈(𝒏𝒙)になっている。これは𝒈(𝒙)をさらに𝒙軸方向に𝒏分の1倍拡大(実際には縮小)したものであると云うことは

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ではずっと0の関数である。したがって、関数𝒇(𝒙)がどんな関数であれ、それと掛け合わせた関数𝒈(𝒏𝒙)𝒇(𝒙)

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ではずっと0の関数である。積分区間−1≦𝒙≦1は関数𝒈(𝒏𝒙)𝒇(𝒙)にとって、若干余分に取りすぎているのである。「無駄な範囲を取り除いて、本質的に重要な積分区間だけを取り出すこと」を考えれば、次の式変形が思いつく:

math

このような操作は大学の数学科の「関数解析」とかの授業で習う手法で、表現としては「関数の台(サポート)まで積分区間を削る」などと云う。

従って、今後は

math

の範囲だけ相手にすればよい。この範囲では問題文の仮定

math

が使えるので

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すなわち

math

最後、各辺を𝒏倍して、題意の不等式が示された。

以上が問題の解答であるが、さらに問題の背景について触れておこう。この問題の元ネタは(これも大学4年生あたりの「関数解析」とか「偏微分方程式」とかで扱う)Diracδ関数と思われる。関数とは言っても、日常の感覚の関数とはかけ離れた「超関数distribution)」と呼ばれる関数で、その代表格であるDiracδ関数は次の性質を持つ超関数である:

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1つ目の式がδ関数の特徴を示す式であり、2つ目の式はδ関数が正規化された関数であることを示す。

Diracのδ関数のグラフは(当然描けないが、無理やり描くとすれば)次のような形をしている:

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𝒙≠0では関数の値が常に0𝒙=0のときだけ、無限大の値をとっている。

さて問題の𝒈(𝒏𝒙)

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ではずっと0の関数である。𝒏が大きな値であれば、関数の台(関数が0にならない𝒙の範囲)はδ関数の台に似てくる。残念ながら最大値が1であり、しかも積分値が

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であり正規化されていない。

そこで題意の積分𝒏∫𝒈(𝒏𝒙)𝒇(𝒙)𝒅𝒙𝒏をインテグラルの中に入れてみよう:

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関数𝒏𝒈(𝒏𝒙)は最大値が𝒏であり、しかも積分値が

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となり𝒏→∞ではδ関数そのものになる:

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問題で示した式は次式であった:

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各辺の𝒏→∞の極限を施そう:

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積分と極限の順序入れ替えとか細かい話を省略すれば

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さて𝒑𝒒とは有り体に云えば、関数𝒇(𝒙)

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のそれぞれ最小値・最大値であった。𝒏→∞のとき、𝒙の動ける範囲はどんどんと狭まっていき、最大値と最小値は一致していく。それらの極限は𝒇(0)となる

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はさみうちの原理より

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これはδ関数の特徴を示す式に他ならない。

以上がこの問題の背景である。積分に関する不等式の証明問題は、被積分関数自体の評価で示す問題が殆どであって、この問題のように積分区間自体を評価の対象にする(上述の「関数の台(サポート)まで削る」)手法は高校生・受験生には見慣れない手法であろう。

このような大学の関数論を東京大が出題するのは珍しい。と云うのも、東京大の問題は高校生が解いても、大学生が解いても難しいようにできている。逆に言えば、大学生が再受験として東京大を受験しても有利にはならないようになっている。尤もこの問題の背景は大学教養レベルではなく専門学部レベルなので、もはや有利不利の範疇を超えているとも云える。

今回は(1)だけを考察した。超関数の議論は(1)の解答の先にあるものであって、実際の試験の解答には役には立たない。

しかし(2)では超関数としての考察が役に立つであろう。実際に解答が予想されてしまうのである。(2)については次回、紹介する。


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