ちょっと気の利いた英語の先生であればすぐ教えてくれる。敢えてここで取り上げるまでもないのだが、今回は「s特集」ということで入れた......


「三単現のs」の起源

ラテン語・ギリシャ語などの印欧(インド・ヨーロッパ)語族では動詞の形が「単複・人称」によって6種類に分かれ、語尾が微妙に変化することは既に書いた。これを「屈折語尾」と呼ぶ。「屈折語」の呼称はここに由来する。一方我らが日本語は「膠着(こうちゃく)語」だ。膠(にかわ)でペタペタと単語同士を繋ぎ合わせるのだ。膠、即(すなわ)ち「て・に・を・は」である。古英語ではこの6種類が4種類に減る(複数はすべて同じ形)が、理屈は同じだ。heal「癒す」の活用を古英語で下に書く。æはァとエの中間の音で読んでもらって結構だ。

単数 複数
一人称 hæle hælaþ
二人称 hælst hælaþ
三人称 hælþ hælaþ

rune þは見慣れない文字だが、「ルーン文字(古代ゲルマンの文字)」の中の「ソーン[thorn]」という文字だ。thを表す。pbを合体させたようだ。thornは英語で「とげ」という意味だ。しかしどういう理由かは分からぬが「三人称・単数・直説法・現在形」にだけこの「屈折語尾」のþ(=th)が残ってしまった...というのが「三単現のs」の起源とされる。hælþhælthhealsとなったわけだ。「発音の難しさ」が理由とされる。

しかしもう一つ、中1にもわかる説を書いておこう。それは「間違ってisを入れてしまった。」というあっけないものだ。He love is (=loves) soccer.などと、いつもHe is ~などと言い慣れているのでつい口をついて出てしまった⋯というのだ。「英語語法辞典(大修館)」には「isの類推」として掲載されている。


「所有格」の~'s(アポストロフィーs)と「複数形」のs

まずはapostrophe「アポストロフィー」の意味だ。「アポス+トロフィー」でも「ア+ポストロフィー」でもない。「アポ+ストロフィー」だ。απο[アポ]は「離れて(=away)」。これがやがてof / offとなった。「ストロフィー」はギリシャ語のστρεφω[ストレポー](=turn)だ。つまりturn and go awayの意味となる。isn'tなど確かにoが「失踪(?)」している。早い話「省略記号」だ。新約聖書の四福音書(マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネ)には、「イエスは踵を返し去って行かれた...」という場面でこのστρεφωという単語が随所に顔を出す。

さて次はsの問題だ。以下はラテン語、ギリシャ語、古英語の「主格」「所有格」の比較である。


古英語(engel=angel)
単数 複数
主格 engel englas
属格(所有格) engles engla

ラテン語(rex=king)
単数 複数
主格 rex reges
属格(所有格) regis regum

ギリシャ語(πολις =city)
単数 複数
主格 πολις πολεις
属格(所有格) πολεως πολεων

これらの言語には他にも「対格(~を)」「与格(~に)」「奪格(前置詞+目的格)」などというものが存在するが、紙面の関係で割愛した。「単数・属格(~の)」に注目してほしい。例外なく「~s」という形を取っている。これが「~'s」の起源になった(es / isの省略)。また「複数・主格」にも「~s」の形が見られる。こちらが「複数形のs」の起源とされる。無論これ以外の形も存在するが、上記の形が標準形とされる。英語のみならず「属格・単数」と「主格・複数」の類似は、印欧語族の多くに共通の特徴ではないかと推察する。


「学問名」は何故sで終わるのか? それとも後でsが付いたのか? 何故「単数扱い」なのか?

mathematics(数学) / physics(物理学) / politics(政治学) / economics(経済学) / ethics(倫理学)など、sで終わる学問名は多い。筆者は長らく「複数形のsではない」と考えていた。mathematicsはギリシャ語のμαθηματικοςmathematikos[マテーマティコス](数学の)に由来する。ギリシャ語の「男性名詞・単数」は-osで終わる。最初から-sはついているのだ...と。しかしちょっと様子が変だ。mathematikosはあくまで「形容詞」であり「名詞」はmathematikaと「女性名詞・単数」なのだ。当然-sでは終わらない。「これは困った...」と思った。

そこでさらに詳しく調べ、興味深い説に突き当たった。mathematikos、つまり「男性・単数・形容詞」をmathematikon「中性・単数・形容詞」に変化させ、さらにmathematika「中性・複数・形容詞(結局女性・単数と同じ語尾)」にして「定冠詞(中性・複数)」ta(=the)をつける(冠詞も名詞と共に変化する)と「数学」と「名詞化」できる。ta mathematikaだ。確かにギリシャ語大辞典にもそうある。「諸々(もろもろ)の知識の集合体」ということで「複数」となるらしい。そして後世このギリシャ語を参考にしたイギリス人が、「学問は複数形なんだ...」と考え、mathematics-sをつけた...というのである。では「中性・複数」がなぜ「単数扱い」なのか? 古代ギリシャ語でもかなり古い用法ではあるが、「中性・複数名詞は単数動詞で呼応する」という規則があるのだ。英語でもallは「すべての人々」なら「複数」だが「すべての物」では「単数」で呼応する。

ただし異説もある。「そもそも『中性・複数』の形は論文の題名で用いられていたものがやがて学問名になったのであり、本来ギリシャ語では学問名は『女性・単数』であった」というものだ。φυσικη[フュシケー](=physics)、πολιτικη[ポリティケー](=politics)、οικονομικη[オイコノミケー](=economics)、ητικη[エーティケー](=ethics)と、確かにそうなっている([エー]は[ァ]とともに「女性・単数」の曲用語尾)。その名残(なごり)で動詞だけは単数呼応する...というのである。確かにλογικη[ロギケー]「論理学」=logic-sはついていない。古式を留める例と言える。尚「-ικ[イック]」や「-τικ[ティック]」は「漫画チック」や「メルヘンチック」で我々の日常生活に深く食い込んでいるが、このικη[イケー]やτικη[ティケー]に由来する。「細かいことが気になって仕方がない性格」故話が長くなったが、受験生諸君は「学問名はsがついても単数形」と覚えておけばいい。


「都市名」・「方角」は複数形?

「単数・複数」の話のついでに書いておく。古代ギリシャでは「都市名」は複数形で表現した。故に女神の名前はΑθηνα[アーテナー]だが、πολις[ポリス]「都市国家」になるとΑθηναι[アテーナイ]となる。「どっちでもいいんじゃね?」と考えたら大間違いだ。「アテナ」は「女性・単数」であり、「女性・複数」では[アー]が-αι[アイ]となる。テーベ(昔はそう呼んだ)も最近の教科書ではΘηβαι[テーバイ]となっているはずだ。女性名詞には[エー]で終わるものもあり、やはりこちらも複数だと-αι[アイ]になるからだ。῾ειλωται[ヘイロータイ(奴隷)]も同様だ。一方「男性・単数」は-ος[オス]で終わる。「オスで終わればギリシャ人 ウスで終わればローマ人」と、世界史の先生が教えてくれなかったか? 有名なのはΑλεξανδρος[アレクサンドロス(大王)]や ῾Ηροδοτος[ヘーロドトス(歴史家)]だろう。[オス]の複数形が-οι[オイ]である。従ってπεριοικοι[ペリオイコイ(周辺の民)]は一人ならπεριοικος[ペリオイコス]だ。Διαδοχοι[デイアドコイ(後継者)]、βαρβαροι[バルバロイ(異民族)]も同様だ。また-ης[エース]や-ας[アース]も「男性・単数」を表す。Σοκρατης[ソクラテース(哲学者)]、Αριστοτελης[アリストテレース(哲学者)]、Περικλης[ペリクレース(政治家)]、Αρχιμηδης[アルキメーデース(数学者)]、Πυθαγορας[ピュタゴラース(数学者)]が有名だ。「Πλατων[プラトーン(哲学者)]はどうなのよ?」という疑問も湧くが、-ων[オーン]は名詞ではなく「形容詞・現在分詞」の曲用(男性・単数)だ。こんな視点から世界史の教科書を眺めなおしてみるのも面白いだろう。都市名が複数となる理由ははっきりしないが「人が沢山いるから」という説が有力だ。最後に古代ギリシャ語でも古い用法だが「方角は複数形」というのがある。ανατολη[アナトレー]「東」はανατολαι[アナトライ]となる。「アナトリア高原(トルコ)」として今も残るが、この規則は「東西」だけで「南北」ではこれはない。当時如何に東西貿易が盛んだったかを物語るものとも考えられる。


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