K I R I
 — 茗渓予備校通信 2022年 7月号

理科の教科書が変わった!

最近中学生や高校1年生と理科の話をしていて、教科書や授業での用語の紹介が少し変わったなと感じることが多くなってきた。2017年ごろから教科書に用いる言葉(用語やその他重要とされているもの)について手を加えようという動きがあることは聞いていたが、実際に教科書で用いられている用語が変わりつつあるので紹介したい。主に化学分野での変更について触れるが、一部他の分野でも動きがあるので文章中で触れる。


変更前後の用語をごく一部の抜粋になるが、列挙する。


表

ここに挙げたもの以外にも変更点がいくつもある。これからまだ変更されていくものもあるだろう。まずは、このような変更がなされた背景を整理する。『高等学校化学で用いる用語に関する提案(1)』より

  1. 本来の意味が十分に伝わるか
  2. 大学で行われる教育・研究との整合性がよいか
  3. 国境なき自然科学の一教科として、国際慣行に合致するか
以上3点を考慮しながら、学習者に過度な負担を掛けないように留意した形で化学用語の表記について提案がされた。


まず1の「本来の意味」について、日本語(漢字)の持つ意味合い(ニュアンス)が本来表現すべき内容に余計な先入観を持たせている可能性があったということである。これは生物分野の用語であるが、「メンデルの『優性の法則』」というのも理科の教科書の中では「メンデルの『顕性の法則』」と改められている。優性→顕性、劣性→潜性と表現が変えられ、「優れた・劣った」という意味合いを含ませないように気を付けられている。


次に2・3について、これは化学用語とは認識されていないものも教科書内では太字で表現されていた。具体的には「価標」という単語で、構造式の中で結合を示す短い線のことであるが、大学以上で使わない用語を中等教育で教える必要はなく、特別な呼称を付けなくてもよいだろうという判断が働いている。また、リストにも載せた「希ガス」は希少などの意味を持つ漢字を用いず、英語でも“noble gas”と表現するので「貴ガス」と改める形で統一されている。


これらの変更は、専門家が学習者を困らせたいから行われたものではなく、これから学習していくにあたり、より不都合が起きないように変更しようとした結果である。教材作成レベルにおいては、中学生や高校生がこれから直面するかもしれない問題の一つに既に私自身が突き当たっているので、その点について触れたい。


i. 古めの問題集の扱いは気をつけた方が良い

これは、初学者用の教材を作成するときにも極力入試問題を見ながら作成している都合もあり、まだまだ以前の教科書の記述を土台とした問題をベースにしていることに由来する。特に遷移元素の範囲が変更になり、教科書に注釈がついているとはいえ、「遷移元素は何個あるか」といったような問いは安易に演習に取り入れるべきではないと考えるようになった。模試の過去問を解くときにも、用語が変わっていたり用語の表す範囲が変化していることまで気にしながら演習をするのでは非常に負担が大きい。


ii. 大学入試の過去問を解くときには当時の定義を飲み込むしかない

iと同様のことであるが、市販の問題集は時間経過とともに徐々に校正されていくが、過去問については書き直されることがないだろう。なによりも、教科書ベースで内容が変化している定義があるので、記載された正解が今の定義に照らし合わせると間違いになる可能性まで出てしまう。とにかく不安になることがあった場合には、現在刊行されている教科書に沿って正解が何になるのかは特に確認をしてもらいたい。


iii. 教科書的には「どちらも正解」のケースがいくつもある

しばらくは移行期間という形もあり、教科書にも「〇〇とする場合もある」という注釈がつくことになる。その間は過去の入試問題の中には複数正答が存在するような問いもあるだろう。これからは「どちらの定義もある」という趣旨の記載があるものについては、そもそも問題に出題される頻度が減っていくであろうから(そういったものの方がこれまで出題されている印象は強いが)、自習の際には気にかかる部分が出たら是非近くの理系講師に尋ねてみてほしい。


不安を煽るようなことばかりを書いたかもしれないが、これまでにも教科書内容の変更は理科に限らず歴史系の科目では行われている。その都度その当時の受験生たち・学習者たちはうまく対応してきているので、今回に関してもそれほどの不安を感じなくてもよいのかもしれない。ただ、上述した通り問題集などを演習する際には少し注意深く確認する必要が出てきているのは間違いない。不安な個所を発見した場合には、とにかく身近の理系講師に確認することを強くお勧めしたい。なお、ここに例として記したものはごく一部であるので、詳しくは下の参考文献を読んでみていただきたいし、続報が出た場合にはそれも確認してみてほしい。「化学用語変更」などの検索で容易に見つけることができるはずである。


参考文献

  1. 化学と教育 2015,63巻4号204-206
  2. 化学と教育 2019,67巻1号38-40
  3. 化学と教育 2017.65巻11号596-597
  4. 啓林館 2022(令和4)年度以降用 内容解説資料 化学基礎 教科書用語の変更について