K I R I
 — 2022年 3月号

テストのために勉強するのか? 勉強をテストするのか?

新年度、学生の皆さまは、新たな環境や学年で、新たな学習が始まります。しばしば「学生の本分は勉強」なんて、言い回しを聞きますが、新年度を機会に、その意味を考えてみました。

学生の勉強姿勢には大きく分けて、2パターンあります。

まず「テストのために勉強する学生」

これは、学校の定期試験など、一定の期日・締切日が設けられた目標に向けて、学習する生徒さんなどが挙げられます。その動機が「そのテストを無難にクリアすること」に向けられています。

もう1つは「勉強をテストする学生」つまり自ら興味を持って、日々能動的に学習を進めていった結果、自身の中に蓄積された知識や理解力を、テストという、ある種のイベント?で確認する生徒さんなどが挙げられます。

前者の特徴としては、「そろそろテストが近いぞ!」→「やばい、勉強しなきゃ!」といった感じで、テスト直前に、所謂【学習モード】に突入する傾向があります。テストというイベントを一種の危機と捉え、その危機回避策として、学習を進めます。テストを切り抜けることが、最終目標なので、一度、テストが終わると「折角勉強した内容をすっかり忘れた!」なんてことがよくあります。もちろん、テストで問われる内容を超えた、その先の内容を学習する余裕はありません。

後者の特徴としては、そもそも勉強が好きなタイプの生徒さんが多いことです。「好きこそ物の上手なれ」と云う言葉の通り、「誰だれに言われたから」でもなく、当然「テストが近いから」でもなく、自らの学究心の赴くまま、日々研鑽を重ね、その実力を、テストというイベントで確認するのです。「テストに振り回される」ことなく、寧ろ「テストを利用する」くらいの心の持ち様です。

茗渓予備校の生徒さんには、所謂、優秀な進学校に通う、ここに挙げた後者に近い生徒さんが多く、入会時こそ、直近のテストのために学習していた生徒さんも、次第に、先行学習を進めるにあたり、「勉強をテストする学生」に近づいてきてくれています。

もちろん、生徒さんの殆どの最終目標は、大学受験です。その意味では、その動機自体は前者に近いのかも知れませんが、積極的・能動的に学習する、後者の姿勢で、大学受験に臨めることが、如何に大切であるか、長年、多くの生徒さんを指導させていただいてきた経験の中で実感しています。

そして、出来れば「大学に入るために勉強する」のではなく、「大学でその先の勉強するために、勉強する」くらいの気概を持って欲しいです。ひと昔前なら「いい会社に入るために、出来るだけいい大学に入る」ような一面もありましたが、価値観の多様化が謳われる昨今、人びとの生き方、会社・社会の在り方、延いては国の在り方は、今後ますます変わっていくと予想されます。しかし、仮にどんな困難・苦境に立たされたとしても、ご自身の中で培った知識や経験や学力は、最後まで味方であってくれる存在なのです。

生徒の皆さんが、やがて大学に進学した後、勉強する学問はさまざまでしょう:法学・政治学・経済学・経営学・社会学・教育学・人文科学・哲学・宗教学・言語学・人類学・考古学・歴史学・地理学・文学・芸術・心理学・数学・物理学・天文学・化学・生物学・工学・建築学・デザイン学・応用科学・計算機科学・農学・薬学・獣医学・歯学・医学・・・

しかし、分野こそ違えど、学問に対峙する際の真摯な姿勢・学究心は同じです。そして、分野こそ違えど、学問と学問は意外なところで繋がっています。例えば「なぜ今、因数分解の公式を憶えなければならないのか?」それは、第一義的には数学を学習するために他なりませんが、その因数分解を学習した知識やアイディア、もしくはそれを学習する際に創意工夫した学習法・経験などが、将来の全く別の分野の学習する際に役立つことすらあるのです。つまり今、目の前の問題を通して『将来、学習をする際に役立つ学習法』を今、学習しているとも言えるのです。そして、それが実際に役立つのは、本当に大学在学中の勉強において、なのかも知れませんし、ひょっとして、大学を卒業して社会に出てから、なのかも知れません。いずれにせよ自身の中で培った学問は、最後までご自身の味方でいてくれる存在なのです。

最初に「好きこそ物の上手なれ」と書きましたが、自分に合った「好きな学問を見つける」延いては「将来の自分を探す」ことが、中学生・高校生の特権でもあるのです。 茗渓予備校では、生徒の皆さんが、自分に合った勉強を見つける。将来の自分を見つける。その一助となる学習の場を提供していきます。