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 — 2021年 9月号

論敵大学入試改革を語る⋯南風原はえばら朝和(東大名誉教授・現広尾学園校長)vs 鈴木寛(元文科省補佐官・現東大、慶大教授)

2025年からの大学入学共通テストのあり方を検討していた「大学入試のあり方に関する検討会議」が7月萩生田光一文部科学相に最終提言を手渡した。英語民間試験の活用、数学国語の記述式問題の出題という「二枚看板」の見送りを提言し、文科省も見送りを正式に決めた。

論敵として持論を展開してきた南風原氏と鈴木氏のインタビュー記事(編集委員・氏岡真弓)が朝日新聞に掲載されている。最初は、朝日デジタルに7月19日に掲載されたが、翌月8月9日に朝日新聞本紙にまとめられている。デジタル版の方が2人の思いは伝わっていると思われるが、ここでは後で掲載された本誌版に基づいて紹介したい。なお、南風原氏はフェースブックで、デジタル版では鈴木論考の次に南風原論考が続く形をとっていたが、本紙では逆に南風原氏のものが先にきていることに触れている。

鈴木寛氏の主張

鈴木寛氏は旧通産官僚で、民主党政権下では文科副大臣を務め、自民党に鞍替えしてからは文科大臣補佐官として大学入試、学習指導改革など教育施策に大きくかかわってきた。スズカンという呼び名で有名である。

氏は、この提言は「英語民間試験の活用を見送った萩生田文科相の判断が正当だったとの論証が中心です」と切り捨てる。この点に関しては私も同じ意見である。しかし、「共通テストを変えれば公立高校の教育現場の意識も変わり、国内の格差は小さくなったはずですが、もう無理でしょう」という立場はとらない。英検などの民間試験を入試の基軸にすえてしまえば、多くの英語教諭のいうように授業が英検など資格試験対策一色になりかねない。また、都会の生徒の方が地方の生徒より手軽に試験を受けやすく、経済格差とともに地域格差を生み出しやすくなるのは目に見えている。そもそも、入試を変えるだけで高校教育が変わるという発想はあまりに皮相である。

記述式問題のほうはどうだろう。「国語と数学の記述式について、私は有力私大と全国立大が2次試験で導入すれはいいと思っていました。ところが省内の若手から『選民意識』(エリート主義)という声が出て、確かにそうだと思いました。私大にできないかと聞くと、いまの教員数では厳しいと。それで『共通テストに記述式を導入しよう』となりました。」エリート官僚から、こんな発言が出てくることに苦笑しかないが、50万人以上が受験する試験でどんな記述式問題が現実的なのか最初から予測できなかったのだろうか。現状では2次試験で導入するしかないのが現実である。当初文科省が構想していたテストの2本立てが可能であれば、いくらかましな議論ができたかもしれないが、いずれにしても採点まで考えるととても実現できるものではない。

南風原氏の主張

提言は、英語民間試験と記述式問題の導入は今後も改善できない状況だという確認になっているが、そこにとどまってはいけない。民間試験の内容や採点は大学入試として適切か。その試験に向けて学校現場などでなされるだろう対策は英語学習のあり方として適切か。記述式試験にしても、誰が採点しても同じで、自己採点とも一致するような問題で何が測れるのか。そんな議論は検討会議ではなされなかった。もっと試験の内容面に目を向けるべきだ。これが南風原氏の主張の核心だ。因みに、氏は今年の春からテスト学会の会長を務められている。

試験の内容にまで目がいかないのはなぜか。それは、一連の議論の中で「英語4技能のバランス」とか「思考力・判断力・表現力」といった言葉がお題目のように唱えられ、何ができる能力なのか、どう指導するのかといった検討がほとんどなされなかったからだ。また、「共通テストで無理なら個別試験で」とか、「なんならインセンティブ(外部からの動機付け)として補助金も付与して」といった教育の世界にふさわしくない手口に流れてしまっている、とも鋭く批判している。

共通テストは、「学習指導要領」と民間の教科書会社が発行する教科書をすべて参考にしながら作成される。出題の内容を問題にするのならば、こうした縛りとの関連も問題にすべきだろう。国語などは、『論理国語』や『文学国語』などはまだ作成されていない。どんな内容になるのか興味深いところだが。

提言の中には、「意思決定に当たっては、理念や結論が過度に先行し、実務的な課題の解決に向けた検討が不十分にならないようにする必要がある」と明記されている。また、今春の共通テストに対し、大部な大学入学共通テスト問題評価・分析委員会報告書が大学入試センターのHPに掲載されている。そのなかの英語では、外部試験を利用しないで、共通テスト一本で4技能が評価できることを希望している、とある。

氏岡氏は記者解説(朝日7月26日)のなかで、今回の会議が公平性の追究と、データや幅広い当事者の声を踏まえたうえで検討し結論を出した手法を高く評価している。いずれにしてもまだまだ議論は続く。