文法・読解に偏重しがちだった旧来の英語教育を改めて、より実用的な英語コミュニケーション能力を育成するべく「聞く」「話す」「読む」「書く」の4技能をバランス良く身につけようとする方針が文科省の学習指導要領において押し出されるようになって既に久しいですが、近年ではそれが大学入試制度改革や小学校の英語授業などにおいても少しずつ具体的に反映されるようになってきています......

英語は本来、コミュニケーション(意思疎通)、つまり自分の考えていることや感じていることを相手に伝えるための道具であるところの「言語」の一つです。英語は言語学という学問の研究対象でもあり、数学や物理学などと共に生徒が学校で学ぶ「主要科目」の一つでもありますが、これらのより純粋な学問と異なり、英語はまず第一義において「言語」であり、特に英会話・英作文に関しては実用的な道具使用の技能を学ぶという側面が強く、その点では音楽や美術などの「実技科目」に近いかも知れません。

現在の小学校における英語教育は「話す」と「聞く」という技能面を中心に行われています。道具はそれを実際に使用することによってその使用法を習得するのが基本であり、小学校の英語授業でもこれに習い、数多くの英単語や会話表現を覚えて、様々なコミュニケーション場面におけるそれらの使用法を学んでいきます。基本的には知識の詰め込みとその実践の反復練習という帰納的学習が中心で、例えば自己紹介をする場面においては「My name is <名前>.」という表現を<名前>の部分に自分の名前を置き換えて用いると習います。この際、この文を構成する各語の品詞(例:代名詞)や機能(例:主語)などに関しては基本触れられません。

これに対し中学校以降の英語学習においては、まだ旧来の英語教育に近い形で、言語における規則性=文法に着目してこれを予め学ぶことで、知識を系統的に整理しつつ演繹的に進めていくことを旨としています。「My name is <名前>.」であれば、この表現を学ぶ前にまずはbe動詞を用いた文の基本構造(文頭に主語となる名詞を置き、次いで述部の機能的中心となるbe動詞を置き、その後に述部の意味的中心となる名詞を主格補語として置くSVC型)を学習し、その後にその用例として「My name is....」「This is....」「You are....」他の表現を学んでいくという手順を取ります。「代名詞」や「主語」といった文法用語は言語学という学問の範疇に入るものであり、これらはいったん英語によるコミュニケーション技能をマスターして不自由なく英語の読み書きおよび会話ができるようになれば無用の長物となるものではありますが、その段階にまだ達していない途中経過にある英語学習者にとっては英語学習の効率を向上させるのにおいて非常に有効なものとなりえます。

知識をある規則性に従って整理しつつ身に着けるという学習法は英語以外の科目でも普通に行われていることです。例えば歴史の学習においても実に大量の知識を詰め込みますが、年号の語呂合わせ(例:「1941年、行くよ一気に真珠湾」)だけで歴史的事件をバラバラに大量丸暗記するような学習法を推奨する歴史科教師はまずいないでしょう。各歴史的事件をまず「江戸時代」他の時代区分に分けた上で、その背後にある飢饉から幕府改革につながるというような因果関係や、経済基盤の変化から時の権力者が変わりその結果統治形態も変遷するといった「流れ」を把握した上で歴史的事件を整理しつつ学ぶ方がより本質的な学習法ではないかと思われます。

日常生活において英語コミュニケーションを実践する機会が乏しい一般的日本人中高生の場合、多読・多聴の実用重視でゴリ押す「イマージョン」物量作戦はあまり効果的ではありません。それゆえ、英語学習においても上述の歴史と同様に、しっかりと規則性=文法を学んだ上で系統的に進めていくのが王道です。中学高校および塾予備校における英語授業においても、また世に出回っている多くの英語参考書においても、文法用語がてんこ盛りに使用されている中、文法知識皆無で英語学習をしようとすれば大きな足枷となること必至ですし、そもそも他科目でも普通にやっていること(小学国語の「ことばのきまり」や中学国語の国文法で主語や名詞などの文法概念は学習します)を英語においてのみ毛嫌いし忌諱すべき故もありません。

英語学習においては相当量の知識を暗記しなければならず、それゆえ知識を闇雲に丸暗記するのではなくしっかりと軽重付けした上で整理しつつ暗記していくことが肝要になってきます。例えば、使用頻度が極めて高い機能語であるbe動詞「is」と、そう多くの文脈で使用することはない普通名詞「vase(花瓶)」とでは、いずれも中学1年生レベルで学習する語彙ではありますが、当然前者を優先して暗記すべきなのは言うまでもありません(中1の1学期の中間試験で出題される確率は前者が100%なのに対し後者は数パーセント未満です)。

歴史の構造や変遷についての全体的なとらえ方を「歴史観」と言います。唯物史観や皇国史観など様々な歴史観があるのと同様に、英文法にも伝統文法生成文法認知文法など幾つか理論が存在します(日本の学校英語は伝統文法の範疇に入ります)。中学・高校レベルで英語を学ぶのにおいて複数ある文法理論にまで目を向ける必要はありませんが、学校英語で用いられる文法(伝統文法)をしっかり学ぶことは大事なことであると思われます。


にほんブログ村 英語ブログ 英語講師・教師へ