前号のこの欄では「浪人生にはまだまだ敵わない」という話でした。ではいつごろ「互角に渡り合える」ようになるのでしょう。それは何と「除夜の鐘を聞くころ」なのです。夏休みを除けば、現役生の本格的な受験勉強が可能となるのは残念ながら12月を待たねばなりません。そこから2~3月まででどれだけスパートをかけられるかが勝負です。もし入試が12月であったなら、合格を勝ち取ることができる現役生はほんの一握りにしかならないでしょう。まさに大学入試は「紙一重の勝負」です。秋に「E判定」でも蓋を開けてみたら「合格」...というケースがしばしば見られるのもこうした理由からなのです。ましてや今から志望校を諦めるなど、考える必要はさらさらありません。

英語ができるようになる方法...単語編④:「単語は文中で覚える」・是か非か?

「単語集を毎日10分...」だの「語源から...」だのさんざん言ってきた後で誠に恐縮ですが、単語暗記の「王道」は「文中で覚える」。まさにこれに尽きると思います。無論どんなスポーツでもウエイト・トレーニングが必要であるのと同様に、語学でも「ボキャ・ビル(ボキャブラリー・ビルディング)」が不可欠であることは論を俟ちません。単語集暗記もその延長戦上にあったわけですが、「本筋」からそれては何にもなりません。「文中で覚える」の例でよく引き合いに出されるのは「山手線の駅名暗記」でしょう。「山手線の駅名をすべて丸暗記するにはどうすればいいか?」というものです。答はご推察のように「すべての駅で降りてみること」です。駅の周りを歩いてみるだけでもその町が印象に残ります。あるいはとんでもないトラブルに巻き込まれるかもしれません。そうなればしめたもの。その駅は終生忘れることのできないものとなるでしょう。筆者は若い頃世界中を旅して周りましたが、アフリカ大陸の奥地の地図にすら載らない小さな村の名前もいまだにはっきりと覚えています。長文の中でキーワードとなっていた単語、模試で意味が思い出せなかったがために得点できなかった単語などは、忘れることができないでしょう。しかしこの「単語は長文の中で覚えるべきもの」という「黄金律」を「安易に履き違えた例」も見られます。某予備校出版社の出した「速読○○○」なる単語集です。この「長文」と「単語集」が左右でセットになった構成を見たとき、私は「馬鹿なことを考えたもんだ...」と思いました。さきに長文読解を私は「旅」に例えましたが、それは「一人旅」でなくてはなりません。苦労を代償としてこそ単語を覚えられる...という仕組みです。隣に単語の「意味」が載っていてはそれこそ「意味」がありません。ある旅でオーストラリアからの帰途、ツアーに参加されたある老夫婦と知り合いになりました。会話の中で「で、どんな所をご覧になったんですか?」との筆者の問いかけに、「うーん。どこでしかたね。ねえお父さん?なにか動物がいたような気がしましたが...。」...と誠に上品なご夫人が応じてくださいましたが、まさにこれがパック旅行の本質でしょう。ご自分たちがどこを回られたかすら分かっていらっしゃらないのです。パック旅行そのものは「安全」という揺るがせにできないメリットが存在しますからその存在自体を否定するものではありません。しかし「単語の効果的暗記」という点では「致命傷である」と申し上げておきます。読解問題は英検準1級・1級の長文、志望大学の過去問などがいいでしょう。

英語ができるようになる方法...長文読解編①:間違った読解トレーニング

のっけからこんなことを言うのも何ですが、筆者は学生時代「長文読解」が大の苦手でした。それはそもそも日本の英語教育には「体系的な長文読解の攻略法」が確立していないからです。世に出ている所謂「長文攻略本」は、結局は「文法解説書」の域を出るものではありません。先月号で「語源にまで遡って単語を覚える」という方法に言及しましたが、そんな当たり前の方法ですらこれまでは誰にも発想がなかったのです。ここ1~2年で書店には俄かに「語源から覚える単語集」が並ぶようになりました。私が「ターゲット1900の暗記を楽しむ人のために...」を脱稿したころです。まさか私の著書が呼び水になったのではないでしょうが誠に喜ばしい限りです。日本の受験単語史におけるある種の「革命」として記憶されることでしょう。英語は言語学的には「ドイツ語の娘(ゲルマン民族大移動)」であり「ラテン語に養女に出された(ノルマンジー征服)」言語(ラテン語ではlingua(リングア:言語)は女性名詞なので「娘・養女」と書きましたが...)であることは、「ターゲット1900...・」の序文にも書いたとおりです。英語は他の言語から独立しては英語足りえず、従って英語を(指導する側は言うに及ばず...)学習する者は、他言語との垣根を越えることを厭わぬ気概が必要でしょう。第2外国語・第3外国語を学ぶことで、英語だけしか知らなかった時とは比較にならぬほど様々なものが見えてきます。

さて閑話休題。受験単語史にはかつて「革命」と呼べる事件がすでに一度ありました。「試験に出る英単語(でる単:森一郎著)」の出版です。「単語とはよく出る順番に覚えてゆくのが効果的」という発想を受験界に持ち込んだのがこの「受験の神様・森一郎先生」でした。「そんなこと当たり前じゃないか!」と思われるかも知れません。しかしそれが「当たり前でない時代」がかつて存在したのです。まさしく「コロンブスの卵」「コペルニクス的転回(これは哲学者カントの言葉とか...)」です。かれこれ40年も前のことです。信じがたいことですが、それまでの受験生は単語を何と「アルファベット順」に暗記していたのです。いわゆる「赤尾の豆単」です。したがって彼らは「a」から「e」あたりまでの単語はやたらと詳しいのですが、それ以降の単語をまったく知らない...という信じられない現象が起こっていたのです。忍耐力のない学生達は「e」あたりで「力尽きる」わけです。これは英語にはeで始まる単語がやたらと多いことに起因するのですが、いくらやっても長文読解に効果が現れる様子がないのですから一概に彼らだけを責めるわけにもいきません。一方「忍耐の権化(英語で言えばHe is patience itself....とでもなるのでしょうか...)」のような受験生はどうだったでしょう。彼らは「忘れない」ことを誓った証(あかし)として、そのページを破いて「食べて!」いたそうです。ですから単語力のある受験生であればあるほど悪性の「便秘」に悩まされていたとか。所謂「都市伝説」の類でしょうが、事ほど左様に当時の学生は単語暗記に涙ぐましい努力を傾注していたということです。であればこそ、この「試験に出る英単語」の出版はどれほどの受験生にとって「福音(Good News)」となったことでしょう。同様のことが「長文読解」にも言えると思います。では効果的な読解のトレーニング法とはどんなものでしょう。


にほんブログ村 英語ブログ 英語講師・教師へ