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  フリン先生の思い出  フリン先生を偲んで  
 


  今年お亡くなりになった、プログレスの生みの親であるフリン先生の足跡をたどり、私のオマージュとします。 今回はフリン先生の教え子たちが編集した 『ロバート・フリン ある神父の足跡』に倣って簡単にその略歴を追ってみます。

第1期 芽生え 1920年から1952年まで

 1920年ニューヨークのマンハッタンで生まれる。祖父の時代にアイルランドから移住。父親は靴を扱う仕事をしており、兄弟姉妹は9名。折からの不況(1929年のウオール街の大不況の後)で、奨学金が手に入り、行きたくもなかったイエズス会の高校に進学する。その間に、知らず知らずのうちにイエズス会に入る気持ちが固まる。その後、セント=アンドュース=ハドソン校でギリシャ語やラテン語、フランス語やドイツ語を学ぶ(神父はどこの国に派遣されるか分からないので基礎的な主要言語を学ぶ)。最後の3年間はミズーリー州のセントルイス大学で哲学を専攻する。1945年からはニュージャージー州のセント=ピーター高校で教鞭にたつ。1947年から1951年までは、ベルギーのルーヴェン大学で神学の研究をしながらヒッチハイクで戦後のドイツを回る。1950年には司祭に叙階され、日本に行くことを希望(ドイツで日本人のオギハラ神父と出会っている)、1952年10月にサンディエゴから日本に向けて船出する。

第2期 躍動 教職員時代 1954年4月から六甲学院に20年 1983年4月から泰星学院に5年

 来日してからは、イエズス会のミッションスクールである六甲学院(神戸)と泰星学院(福岡)で35年間英語を教え、その指導実践のなかから、オーラル・コグニティブ・アプローチに基づいた教科書『プログレス・イン・イングリッシュ』6巻を完成させる。「聞くこと」「話すこと」を重視し、その後で「読むこと」「書くこと」へと入っていくメソッドを保障するために、オープンリールやカセットテープに自ら音入れを行ってきたが、ソニーのリピータが普及すると早速それを活用する。この時代にフリン先生とかかわりを持ったのが、現在のエデック(プログレス発行元)専務の平山さん(当時ソニーの教育事業部に勤めていた。同期にプレイステーションを開発した久夛良木氏がいる)である。
 フリン先生とお会いした折、「プログレスの目的と方法」という簡単なパンフをいただいた。その冒頭に、(1)人間教育のため、(2)コミュニケーションのため、(3)大学進学とその先の進路のため、としたためてあったのを思い出す。人間教育というのは英語で、the education of persons のことで、「パーソンというのは成熟した人間のことであり、本当に自信のある、独立した大人のことである」と述べ、そういう人間を育てることが教師の使命であると力説されていた。その意味で、受験にメリットがあるというだけでなく、人格形成の意味からも中高一貫教育はもっと評価されるべきではないだろうか。
 プログレスはブック6まで揃っているが、ブック5までマスターできれば東大にも十分合格できるとフリン先生自身が断言している。ブック4やブック5のCDを利用し切れていない現状は残念ではあるが、私もその通りだと思う。
 (2)のコミュニケーションということでは、「言語というのは人と話し合うことが目的です。その原点を考えればいいと思います」と明快に指摘している。日本の英語熱は高いが、英語でほかの国の人とコミュニケーションを図るという点では成果が上がっていない。それは無制限と思われる語彙記憶能力のテストのせいではないかと辛口の批判をされていた。 

第3期 熟成 教会神父時代 1988年3月から    2002年4月から萩光塩学院へ転任

 God may lead us in a way we did not plan to go.
 私はこの時期にフリン先生にお会いしている。教会付属の幼花園(保育所)で子供たちに英語を教えている話を、それはとても楽しく話されていた。子供たちの中には、「ハゲジジイイ」と呼ぶものもいたという話は今回の本で知った。最後にフリン先生の言葉で結ぶ。
 「とにかく、無関心が一番つらい。反対もない。迫害もない、宗教の自由がある。でも同時にあまり興味がない。それがいまの日本です。」関心は人との絆である。無関心がその反対であれば、身近なところからその絆を取り戻す努力が求められているのだろう。

                                              高木春彦

 
 

 

 
     
     
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